アケボノツツジin諸塚山



場 所 諸塚山(宮崎県)1342m 山行日  2001/4/28〜29 雨
参加者 ●前泊+当日●
【福岡支部】なかむとし、山好き夫婦(夫+婦)、しげ(+子1人)、百名山、山小夜
【北九州支部】ヤマメ11
【熊本支部】よし(+家族4人)
【宮崎支部】COCO、RINGO、水流渓人(+家族5人)
【ゲスト】ゆき(宮崎)、なか@博多、遊也(宮崎) 
●当日のみ●
【熊本支部】大分市内の後藤、
【宮崎支部】ササユリ、
【ゲスト】ふじ(福岡)
●前泊のみ●
【福岡支部】
甘木のあいちゃん(+子2人)
幹事 宮崎支部@婆爺姫
コース 【前泊・懇親会】「池の窪グリーンパーク」バンガロー
【山行】緑地広場〜登山口〜諸塚山〜登山口〜緑地広場(昼食)

<詳細紀行文>水流渓人        <写真提供>水流渓人・あいちゃん


何人泊まっても12000円は安い!

【キーワード】やまびこ会は、「宴の会」ではありません。「山の会」です。

 アケボノツツジの時期到来である。ならば、「宮崎の山」は必須だと思った。いつの頃からかズルズルスリズラー(水流渓人の作風に擬音語が多いと思われてはイケナイのでそろそろ止めよう!)と、かかわり始めた「やまびこ会」、そして、参加もしていない私を、中央(ここでは会長在籍、そして会員数最大勢力を誇る福岡を指す、決して飲ませると最大量を消費する会員地域を指していない。)は、悔しくも心地よくも「宮崎支部長」と呼び始めた。ここで、はっきりさせておきたい。誰が、「支部長」とか役職めいた言葉に弱い水流渓人だと見抜いたか・・・・。呼ばれりゃ、いつの間にかその気になる。ハンドルも、いつしか「ササ婆」「ココ姫」と続き、きもちのいい三点セット「つる爺」と続く。
 ここで、もう一つはっきりさせたい。誰が、2点1、000円のセット販売より、3点1、000円のセット販売の方を、私が大好きだと知っていたのかである。「婆」「姫」と来たら「爺」が必要な事を誰が知っていたのか?である。
左から、山好き夫・百名山・よしくん・山好き婦・あいちゃん 広い室内は、びこキッズの格好の遊び場

【キーワード】やまびこ会は、「宴の会」ではありません。「山の会」です。
 古処山オフの時、なかむとし会長へ、強引に「次は、宮崎の山です。支部長が、ぜひにと言う事です。」と圧倒的態度で言い寄ったささ婆とここ姫・・・・。この決定が、宮崎支部を無形から有形へと変遷させた瞬間(どんな瞬間やねん)である。
 ここで、問題点は2つあった。1つめは「日曜日」、2つ目は「登る山」。
 どうして「日曜日」が問題なのか?水流渓人に日曜日の休みは無いからである。ここ5年、日曜に休んだ事がない。〜〜中略〜〜・・・と言うことで、会社自体5年ぶりに日曜休みを実現させた。
 どうして「登る山」に問題?29日の日程、宮崎の山は「山開きシーズン」突入。一歩間違えば、林道離合不能の状態に巻き込まれるかも知れない。アケボノツツジの開花〜〜中略〜〜・・・と言うことで、「諸塚山」となり、中央勢力参加の為のバンガロー前泊のお膳立てとなった。決して宴会会場が用意できる山という観点ではなく・・・。


この、けたたましい笑い声が
聞こえないのは残念!
中央で手を上げ喋くりまわす関西弁「水流ママ」
この後、勢い余って、勝手に
「びじょびじょ軍団」なる会を結成!

それは、いったい誰やねん?
COCO・ゆき・RINGO・山小夜・ささ婆
よしくんママ・山好き婦・水流ママ
えー加減にせぇよー!


 なーんか変だなぁ・・・。そう思わない?だってそうでしょ!最近の「幹事−紀行文」の関係を見ても。いいですか!
*古処山・・・・・・・幹事:YUTAちゃん−−−−紀行文:jimnyさん
*普賢岳・・・・・・・幹事:ゆうじさん−−−−−紀行文:山好き夫さん
*鞍岳・・・・・・・・・幹事ヒデさん−−−−−−紀行文キーボウさん・楓子さん
*一目山・・・・・・・・幹事しげさん−−−−−−紀行文NotFoundさん
*馬口岳・・・・・・・幹事なかむとしさん−−−−紀行文ヒデさん
という法則なんざんすよ。しかし、「幹事・紀行文:水流渓人」で何を書けと言うんだ!エーイ!解散じゃ!宮崎支部なんか解散じゃ!・・・・・・。でもなぁ、気を取り直して・・・

『エー、今回は、宮崎支部の幹事さんと言うことで、生憎の雨ではありましたが、たくさんの皆様と、楽しい懇親会、そして、アクシデントの対応・・・と、とても有意義な諸塚オフを過ごす事ができました。水流渓人さんに至っては、いろいろと段取りをしていただき・・・・』エーィ、ガッチャシャァーーーン!(ちゃぶ台をひっくり返す音)

【キーワード】やまびこ会は、「宴の会」ではありません。「山の会」です。
 すみません、今、自分を見失いかけていました。それにしても、ここまで引っ張って、本題に入って行かないんだから・・・

 仕事を4時半に切り上げ、背中に刺すような社員達の視線を浴び、一路、前泊懇親会会場となる「池の窪グリーンパーク」のログハウスへと向かった。天気は次第に悪くなる。沈む気持ちを何とか切り替えようと、皆さんに会える期待一心でアクセルを踏み込んだ。
 今回、助っ人に参加依頼していた、「遊也さん」からの電話で、集合状況が判る。そして、諸塚村役場、右折、池の窪管理棟到着、
「ピリピリピリピリ」(携帯電話の着信音)
「あのー、つるさん、今どこですか?」
「近くまで来てますよー。」
「あのー、延長コードが必要らしいんですよぉ!」
「えーっ、じゃ買ってきまーす。」
池の窪管理棟、右折、左折、諸塚Aコープ閉店、商店街文房具店無し、町はずれ電気屋、役場、左折、右折、池の窪
「こんにちはー、はじめましてー。つると申します。」
ここで、やまびこ会の面々とお会いすることが出来た。なんと言っても、今回の功労者は、買い出し準備・食事準備のCOCOちゃん、当日参加だが買い出し手伝いのササ婆さんだと思う。いえいえ、つるさんもですよ!(ほーら、自分で言わなくてはイケナイからおちゃらけてしまうでしょ!)
〜中略〜
・・・で、翌朝を迎えた。

山頂にて 雨に煙る「アケボノツツジ」

【キーワード】やまびこ会は、「宴の会」ではありません。「山の会」です。
 そうなんです。雨が降っても歩く気満々。池の窪のバンガローを後にした一行は、六峰街道を登山口へと移動したのです。雨でも、東屋があるので大丈夫!焚き火用の薪も用意したので大丈夫!昼食のおにぎりとみそ汁も大丈夫!当日組のササさん・後藤さん・フジさんも大丈夫!そろそろ皆さんの身支度も大丈夫!すべて大丈夫!じゃ無いみたい・・・
「遊也さん、申し訳ない日諸峠まで戻ってもらえますか?無線の周波数は144.78でいいですか?私は、二上まで通過していないか確認します。ここにハンディ機を1台置くから、私は車の無線使うから・・、すみません、登り始めてください。」
「JO6XVG、こちらはJM6JAP、とりあえず日諸峠待機でお願いします。」
「JM6JAQ、こちらはJM6JAP、車種が判るか聞いてください。後、携帯電話は持っていたのか判りませんか?」
「了解」
「JM6JAP、こちらはJM6JAQ、ピンクのビッツ、と黒っぽい車です。携帯は無いそうです。」
「了解、JO6XVG判りましたか?当局は、二上からリターンで、登山口に待機します。」
「JM6JAP、こちらはJO6XVG、ビッツと遭遇しました。そちらに向かってもらいます。」
「了解、他のメンバーと登るのに間に合いそうです。引き続きよろしくです。」
「了解、とりあえず、ここから諸塚の方へ少し下ってみます。間違えるとしたらココしかないと思われますので・・」
駐車場所から登山口までの移動組が到着、
「そしたら、登り始めてください。私達が待機します。」
20分ほどで、もう一台に遭遇したとの無線連絡。携帯電話で、登山組に伝える。遅れること30分、3人は急ぎ足で山頂を目指した。有り難いことに、寒い中、雨の中全員で山頂記念撮影をすることができた。・・・《《エピソード、その1。》》
注)・・・JO6XVG(遊也)、JM6JAP(水流渓人)、JM6JAQ(水流ママ)

宮崎支部「集合ーっ!」 焚き火・にぎりめし・みそ汁・・・旨い!
遠路はるばるありがとう!
かくして、宮崎オフは、無事完了!

 下山完了。登山口から飯干広場へ移動して昼食である。ハイ、全員無事下山!ハイ、徒歩組は車道歩き!ハイ、待機組は焚き火!ハイ、飯干緑地広場到着!ハイ、濡れたウェア着替えて食事に・・・!ハーイ!ハァ〜イ?4台で登山口から、300メートル先の飯干広場に向かった2台目が・・・
「追いかけま〜す。」
と、遊也さん。・・・《《エピソード、その2。》》


 これで一躍ヒーローのポジションを確立させたのは、もちろん「遊也さん」。そして、遊也さんをヒーローにしたのは「なか@博多さん」、お二人とも、ご入会ーーっす。

 謝罪・・・山小夜さん、バンガローのシーツを返却していただいてるにも関わらず、勝手に出発してしまい、迷子にしてすみませんでした。なか@博多さん、あの分かれ道は、県内の人も良く間違える所です。判っているのに、説明不足で申し訳ありませんでした。<水流渓人>

 



前日登った諸塚山頂

2001年4月28日(土) 
あいちゃん

登山日記
諸塚山
由幾・百合(やまびこ会)

人生を語り合う、水流とヨシキ

          西登山口(10:00)→(10:50)諸塚山(10:55)→(11:30)西登山口

 やまびこ会の4月のオフ会は宮崎県の諸塚山に登るということだ。ここは福岡県からはもちろん、熊本市からでも、遠くてなかなか行けない山である。キャンプ場のログハウスに泊まるという。登山の当日が福岡市に所用があり、前日に親子3人で諸塚山に登り、宿泊だけ参加させていただくことにした。
 4月27日の夜にヨシキ・ユリを連れて熊本市入り。熊本市の実家に泊まる。ここはよしさんところの近くだ。早めに就寝する。天気予報はあまりよくない。午後から崩れそうだということで、出来るだけ早く出発することにする。28日の朝起きると熊本県は朝から雨の予報にがく然とする。ただ宮崎県の崩れはお昼頃からということで、朝食を済ませて7時に出発した。御船町から矢部町を経て、宮崎県五ヶ瀬町に入る。これまで行縢山、大崩山、傾山、扇山に行くために、バスや他人の車で来たことはあるが、この区間を自分で運転するのは初めてだ。新鮮な気持ちで運転する。ヨシキとユリははしゃいで学校で習った歌を元気に歌っている。
 五ヶ瀬町の中高一貫教育の五ヶ瀬中学校・高等学校を右に見て、六峰街道に入る。これはこの山地の6つの峰を結ぶ全長57キロのスーパー林道だということ。これからぐんぐん高度を上げる。展望がいいはずだが、天気が下り坂で景色がぼんやりしている。全線舗装されているので運転は楽である。
 一度間違えて、赤土岸山の登山口に駐車するが、歩き始めてすぐに誤りに気づき、引き返す。たどり着いた諸塚山の登山口はよく整備されていて賑やかなところだった。地元の特産品を売るテントも出ていた。車も既に何台も止まっている。
 天気に不安があるので雨具を着け、昼食は下山後にということで身軽な格好で出発する。登山道はよく整備されていて歩きやすい。丸太がつけられ、階段のようになっている。ガスが深いが迷う心配はない。風も強いが2週間前の平尾台の強風を思えば大したことはない。ヨシキもユリも文句を言わずにどんどん登っていく。
 少し登ったところの登山道脇にアケボノツツジが咲いていた。ここで記念撮影。地元の人に伺うとまだ5分咲きとのこと。しかしそれでも十分満足できる。1箇所急な滑りやすいところがあるが、そこを越えると難なく頂上に着く。山頂近くには樹木の表示や自然観察の説明板があり、理科の勉強にはなる。
 標高1342メートルの諸塚山の山頂はガスの中。「諸塚山頂」の標識が乱立している。雨になるのが心配なので、5分ほど休憩して下山にかかる。
 登山者は多かった。50人ほどは会った。軽装の人も多かったので、途中まで登ってアケボノツツジを見学という人が大半だったと思う。5歳の女の子も途中まで登ってきていた。ヨシキ・ユリは「こんにちは」と元気よく挨拶をしながら駆け下りていった。心配していたが、結局最後まで雨にならずによかった。
 下山後に今日の宿泊先の池の窪グリーンパークを目指す。六峰街道のドライブを1時間ほど楽しんで13時に到着。今日の幹事の水流渓人さんに電話連絡して、ここのレストハウスで昼食。シーフードピラフ、ナポリタンスパゲティ、ミーとソーススパゲティを食べるが、どれも美味しかった。小ぎれいな感じのいい店だった。ここでハーブティを3杯も飲んでしばらくのんびりしていた。このところ忙しかったので至福のひと時だった。
 天気が小雨程度だったので場内のアスレチック施設で遊んだ。ヨシキもユリも生き生きと動き回っていた。15時ごろから、地元宮崎県の遊也さん、COCOさん、リンゴさんが到着される。ログハウスに入るとヨシキとユリは驚嘆していた。とても広い。きれいな台所やトイレ、暖炉、リビングがあり、部屋がいくつもある。これで12000円、信じられない。人数が少ない間はヨシキとユリは階段を駆け上ったりして中を走り回っていた。
 17時ごろによしさんの家族が到着すると、子供が一気に増え、ますます賑やかになる。夕食の準備が始まり、19時ごろに水流渓人さんの一家6人を迎えて乾杯。夜遅くなって到着する人もあって結局、宿泊は大人17名、子供10名になった。よしさんのところは別の小さいログハウスを借りられた。鉄板焼きをしながらの歓談は話が尽きることなく、12時を回るまで続いた。
 なかむとしさんから最近葦書房から出た本の紹介があった。これはあとで会員専用掲示板にも書かれたので引用したい。この本は数日後に私も購入した。新聞記者が福岡に赴任中に登った九州の山々の記録である。身近な山が取り上げられ、よくまとまっていて読みやすく、文章の修業になる。−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 皆さんにご紹介したい本があります。葦書房から4月に発行された春日明さんの「ぶらり九州山めぐり」という本です。単身赴任中に登った九州の山々とエピソードを日記調に書き留めた内容になっています。実は、その中に馬口岳とせいさんの紹介がされています。是非、ご購入の上、お読み下さい。HPに掲載されている内容のものが「せいさんの手紙」という形で紹介されていますよ。−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 水流渓人さんところは魅力的な一家だ。親子6人で行動されていた。ヨシキが水流渓人さんと二人で話し込んでいた。水流さんは野性的な人だ。家族4人で登山やキャンプを精力的になさっている。ヨシキも水流さんを尊敬しているようだ。「水流渓人のページ」というホームページをお持ちだ。
 遊也さんは祖母・傾・大崩、屋久島など九州南部の山々のエキスパートだ。ホームページもお持ちになっている。この後、やまびこ会に入られた。
 よしさんのお父さんのお話を楽しく伺った。熊本日日新聞社の『熊本百名山』やシュートさんの看護日記のことから、新聞記者の文章は読みやすいという話になった。よしさんのお父さんは熊日新聞の記者で『熊本百名山』の著者の一人だ。阿蘇や天草のたくさんの山を執筆されている。100山のうち28山の執筆だから大したものだ。奥さんともお話したが、気さくな方だ。よしさんの家族登山の実践は「九州の山へ来なっせ」というホームページにまとめられている。先日は家族で阿蘇杵島岳に登られている。
 シゲさんは小1のだいちゃんと二人だった。私とは初対面だ。太宰府市にお住まいだ。「シゲの丸太小屋」というホームページをお持ちだ。父子二人で見えられたので、私はかつてヨシキと二人で山を歩いていた頃のことを懐かしく思い出していた。この時に誤って私はだいちゃんの靴下を持ち帰ってしまった。
 百名山さんは白岩山、祇園山に一人で登って見えられたらしい。山と渓谷社の『九州百名山』の完登を目指しているとのこと。『福岡県の山歩き』を購入していただいた。お子さんが高校生で演劇部に入っているということで、驚きだった。
 ヤマメ11さんは午後7時に北九州を出発されて11時に到着された。夜間の山道の運転でお疲れさまでした。その名の通り、渓流釣りの達人のようだ。先日、福智山でもお会いした。
 COCOさん、ゆきさん、リンゴさんは宮崎支部で食材の準備や調理、会計など面倒な仕事を一生懸命なさっていた。延岡市や西都市にお住まいの由。本当に大変でした。頭が下がります。やまびこ会の人たちは係になられたら本当に一生懸命みなさんの世話をなさってい。
 子供たちも興奮してなかなか寝なかった。よしさんところや水流渓人さんところのお子さんはこういうことに慣れているようだったが、ふだん9時半に寝ているうちのヨシキとユリは非日常的な体験に舞いあがっいた。ユリはベッドで、ヨシキは寝袋で寝た。
 翌朝起きると、雨が降っている。今日の登山はどうだろうか。バンガローのガスレンジが使えなかったが、持参のコンロでお湯が沸かされ、朝食の準備が進む。よしさんところの3人姉妹がよく手伝っていたのが印象的だった。おにぎりと漬物、味噌汁が美味しい。
 食事を終えて、7時半に我々は失礼する。六峰街道を走るが昨日よりも視界がきかない。天気は確かに悪くなりそうだ。五ヶ瀬町から矢部町に出て、通潤橋に立ち寄り、松橋インターから高速道路利用で甘木に11時半に到着した。
 この日は結局雨の中の登山になったらしい。当日参加の人も何名か。登らずに待っていた人も多く、寒いので焚き火をして暖を取っていたようだ。運転で道に迷った人が出て、遊也さんが捜索に大活躍なさったらしい。参加者はみんな満足して帰られたようだ。水流渓人さんの画像掲示板に掲載された笑顔の集合写真を見て、諸塚山にやまびこ会の人たちと一緒に登りたかったと残念に思った。


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