2002年夏、百名山の家族登山紀行

森1


 8月に入ったばかりのある日、家族サービスのつもりで「どこか行きたいところない?」と何気なく妻に訊いてみた。九州に来て数年が過ぎ、主要な観光地廻りは一通り経験している。残っているのは人気の少ないマニアックな観光地か温泉のある保養地か・・・なんて思っていると、思いがけず「屋久島は?」という答えが返って来た。世界遺産の島・屋久島は九州にいる間にぜひ一度は行きたいと思っていた。九州最高峰の宮之浦岳、樹齢七千年の縄文杉・・・・。

 さっそく旅行会社にパンフレットを取りに行くと、2泊3日で登山ガイド付きのツアーが載っていた。しかし、宮之浦岳も縄文杉も歩行時間が十時間程度となっている。これは山登りをしない彼女にはちょっとキツイかな・・・と考え込んでしまった。そこで、最近発刊された「新版九州百名山」を見ると、黒味岳(1831m)は淀川(よどごう)登山口から3時間の道程となっている。これなら何とかなる・・・?と思い、お盆明けの金曜日の出発を目標に準備を始めた。
小花之江河
金曜日の昼頃<つばめ>で鹿児島入りし、北埠頭から水中翼船<トッピー>に乗る。家を出るときは雨だったが、鹿児島市内は晴れていて空気も澄んでいる。<トッピー>は時速80kmでほとんど揺れることなく錦江湾を走り抜け、種子島に寄って約3時間後に屋久島の宮之浦港に到着する。港の観光案内所で、受付のお姉さんに宿から淀川登山口までのタクシー料金を訊くと、「1時間半近く乗りますから1万円以上になると思います。」と言われる。「往復2万円以上ならレンタカーの方が絶対安いですね?」「はい、そう思います。」ということで、即座にレンタカーを予約する。その後、宿に迎えの車をお願いして無事ホテルに到着し、温泉入浴後に夕食を取り早めに就寝する。

小花之江河とヤクシカ
登山当日は朝5時半に起床する。出発の準備をし、宿から朝食と昼食の弁当を受け取って6時に車に乗り込む。宮之浦から屋久島空港の横を抜けて安房まで約30分、丁度時計の短針で12時から3時の位置へと移動し、その後道を右に折れて山に向かって走る。正面に屋久島の真っ黒い山々がそびえる。風は涼しく標高が増すにつれて気温が少しずつ下がるのが分かる。途中、野生の猿が道の上に群れている。一説によれば、屋久島は猿2万、鹿2万、人2万という。世界遺産センターの横を通り、ヤクスギランドのベンチで朝食をとり、紀元杉の写真を撮って7時半頃に淀川登山口に到着。ここでの標高はすでに1000mを超え8月とは思えないほど涼しい。立派なトイレがある登山口で、すでに車が3台ほど停まっている。登山届けを済ませて8時に歩き始める。
紀元杉


 ここしばらくは雨が降ってない様子で道も木肌も乾ききっている。しばらく歩くと森の中に淀川小屋が姿を現す。収容人数40名の山小屋には誰もおらず、中は比較的清潔そうで静まりかえっている。すぐ横にはトイレと水場があり生活環境は良さそうだ。小屋を出るとすぐ淀川にかかる緑色の鉄橋があり、ここから急な登りとなる。このコースは宮之浦岳への縦走コースでもあり、一番登山者が多いコースであると紹介されているが、この日はお盆を過ぎているせいか人通りは少ない。道も道標も良く整備されており、初心者でも道に迷うことはなさそうである。しばらく行くと高盤岳展望台に着く。

淀川小屋付近の木

 高盤岳(1711m)は頂上に巨石を抱いた山である。巨石は丸い石けんを包丁で4〜5個に切ったように見える。この展望台を過ぎてしばらく行くと小花之江河(こはなのえごう)に到着。吉川満氏の「屋久島を歩く」の裏表紙にある写真の湿地帯だ。古倒木や苔むした樹木が独特の雰囲気を創っている。この時は8月の降雨が少なかったためかこの本の裏表紙ほどの水量はなかったが、たまたま水を飲みに来ていたヤクシカの母子に遭遇した。人慣れしているせいかカメラを向けても動じないが、奈良の鹿とはひと味違う野生の雰囲気がある。
 
 すぐ近くにある花之江河は小花之江河と同様に湿原であるが全体に開けた風景を持ち黒味岳が正面にそびえる。また、湿原の中に、湯泊、栗生、安房などへの分岐がある交通の要所でもある。このあたりも歩道の整備が進み、黒味岳分岐までの間で工事が行われている最中であった。道は所々で大きく深くえぐれており、豪雨による激流が土砂を持ち去った様子がうかがえる。黒味岳分岐の手前で、それまで晴れていた空に急にガスがかかり始め、雨が降る予感がしたので急いで昼食を取り始める。しかし残念ながら雨足が速く半分も食べ終わらない内に雨滴が大きくなる。木陰に隠れて簡単に食事を済ませ雨具を身につける。
淀川
12時頃に黒味岳分岐を左折して黒味岳へ向かうと人工の歩道は消え一直線に山頂へと続く道となる。道は開けてくるがガスがかかり視界が良くない。あと少しで頂上へという12時半、連れ合いがついに戦線離脱を宣言した。これ以上登ると帰る自信がないという。実は、レンタカーを返す時刻が18時半で下山のタイムリミットが17時、登山開始が8時なので頂上到着のタイムリミットが12時半という計算をしていた。ここで無理するとレンタカーの返却に影響すると思い単身で頂上へ向かう。ガスで視界が悪く小雨がちらつく。黒味岳の頂上は大きな岩塊で山頂を示す標識が岩の割れ目に差し込んである。頂上着12時35分。すぐに来た道を引き返す。

 帰路10分もしないうちにガスが晴れ雨が止んだ。その後は徐々に天気が回復し、花之江河からは黒味岳の山頂が完全に見渡せた。涼しい風に吹かれながら、あの雨は一体何だったのだろうかと考えた。多分、もう一度来いという意味だったのだろうか。ここの眺望はそんな簡単には見せられないと言うかのように。淀川登山口到着は16時半。レンタカー屋のお兄さんが、平地でも昼頃に降雨があったと告げた。

森2
翌日は朝から雨だったが乗船する10時頃には天気が回復していた。再び<トッピー>で約3時間、鹿児島で昼食と休憩を取り<つばめ>で3時間かけて家まで戻った。屋久島の原生林が、木や岩や土の肌に張り付いた苔が眼にしみる3日間だった。

 ところで、登山が趣味ではない妻は最近何故か悩んでいる。私の「屋久島の旅」は一体どこへ行ったの?・・・と。そんな時はこう答えることにしている。「大丈夫、次は縄文杉を見に連れて行くから・・・」

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